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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和44年(ヨ)249号 決定

尼崎市塚口町一丁目二番一号 江田荘内

債権者(申請人) 前田英夫

右代理人弁護士 松本健男

同 樺嶋正法

同 岡田義雄

同 北村義二

同 辛島宏

同 木下肇

同 岡邦俊

東京都千代田区丸の内二丁目一二番地

債務者(被申請人) 三菱電機株式会社

右代表者代表取締役 大久保謙

右代理人弁護士 渡部繁太郎

同 豊岡勇

同 渡部良昭

主文

一、債務者は、債権者を仮りにその従業員として取り扱い、月額金三四、四一一円の割合による賃金を支給せよ。

二、債務者は、本決定送達後債権者から就労の申出のあった日以降、前項の賃金を、就業規則その他賃金支払に関する定めに従って計算し、毎月末日限り債権者に支払え。

三、本件申請のうちその余の部分を棄却する。

四、申請費用は債務者の負担とする。

理由

一、本件申請の趣旨および申請理由の要旨

(一)  申請の趣旨

債務者は、債権者をその従業員として取り扱い、かつ、債権者に対し金二一、七一九円および昭和四四年六月より毎月末日限り金三五、〇二五円を仮に支払わなければならない

との裁判を求める。

(二)  申請理由の要旨

(1)  債権者は、債務者会社に勤務し、月額金三五、〇二五円の賃金を支給されていたものであるが、債務者会社は昭和四四年五月二六日付をもって、債権者には同会社就業規則八七条八号、一一号、一二号、一四号および一六号に定める事由があるとして、債権者に対し懲戒解雇を通告した。なお、債務者会社は、同年五月分の賃金として一三、三〇六円を債権者に支払ったのみで残額二一、七一九円の支払をしない。

(2)  しかし、債権者には右解雇事由は何ら存在せず、本件懲戒解雇処分は無効である。

(3)  債権者は、雇庸契約存在確認ならびに賃金請求の訴を提起すべく準備中であるが、これまで債務者会社から受ける賃金にその生活を依存し、他に何ら生活手段を持たない労働者で、本件解雇処分により生活に困窮している。

よって、債権者は、債務者会社に対し、債権者をその従業員として取り扱うことを求め、同年五月分の未払賃金二一、七一九円および同年六月以降の賃金を仮に支払うことを求める。

二、当事者間に争いのない事実、並びに各疎明資料および債権者本人審尋の結果を綜合して一応認められる事実

(一)  債権者は、昭和三七年四月一日から債務者会社に雇庸され、昭和四四年四月当時尼崎市南清水字中野八〇番地所在の債務者会社通信機製作所(以下単に「債務者会社」という。)に工作部工作課試作係現品工として勤務していたもの、債務者は、電気機器、通信機具等の製造、販売を目的とし、その資本金五三四億円、従業員総数約五四、〇〇〇名を擁する株式会社である。

(二)  債務者会社は、昭和四四年五月二六日付をもって、「債権者は、昭和四四年四月二八日暴力行為をなし、かつ東京地方裁判所に起訴されたこと、並びに無届欠勤が引き続き七日以上に及んだことは、社員としての体面を著しく汚し、また社員としての本分にもとる」ことであって、これは同会社就業規則八七条所定の懲戒解雇事由八、一一、一二、一四および一六の各号に該当するとして、債権者を就業規則に定める予告手当を付した懲戒解雇処分に付した。しかし債権者は右処分を承認せず、解雇予告手当の受領を拒絶したため、債務者会社はこれを供託して現在に至っている。

債務者会社の就業規則八七条には、一号から一六号までの解雇事由が掲げられており(労働協約三〇条にも同一の規定がある。)、本件の解雇事由とされた条項はつぎのとおりである。

第八七条(懲戒解雇)

社員が、つぎの各号の一に該当するときは懲戒解雇に処する。ただし、情状酌量の余地があるときは、出勤停止もしくは遣責にとどめることがある。

(8) 風紀を乱しまたは秩序を破ったとき

(11) 不当に他人の自由を拘束しまたは名誉を毀損したとき

(12) 他人に暴行または脅迫を加えたとき

(14) 正当な理由なしに、無届欠勤引き続き七日以上に及んだとき

(16) 刑罰にふれる行為があって、社員としての体面を著しく汚したとき

(三)  債権者は、神戸外大夜間部三年生に在学し、また尼崎反戦青年委員会に所属して、かねてから、反戦運動などに参加していたものであるが、昭和四四年四月二六日、東京における同月二八日のいわゆる「沖繩デー」の集会やデモに参加する目的で上京した。四月二八日は、全国各地で沖繩無条件返還、安保条約延長反対等を標榜する集会やデモが行われ、東京では、社会、共産党系団体の統一集会への参加を拒否された反日共系学生らが多数の交番等に放火、投石するなどして警視庁機動隊と衝突し、各所に市街戦さながらの混乱を生じ、国電をはじめとする都内の交通機関は大巾に乱れ、同日だけで一千名近い学生らが逮捕された。

債権者はこの日午後六時三〇分頃、新橋、有楽町駅間の東海道新幹線線路上で、一八〇人に及ぶ学生らと共に新幹線特例法違反、兇器準備集合、公務執行妨害罪等の現行犯として警視庁警察官に逮捕された。

債権者は逮捕後、浅草警察署に勾留されて取り調べを受け、勾留尋問に際し担当裁判官に住所氏名を明らかにしたほかは終始黙秘権を行使したが、勾留延長ののち、五月二〇日前記罪名等で東京地方裁判所に起訴され、のち身柄を小菅刑務所に移された。

この事件で起訴されたのは一八〇余名に上ったが、新幹線特例法を学生事件に適用起訴したのは最初であり、また同法違反で起訴されたのは、わずかに債権者ほか一名に過ぎなかったため、翌二一日の各新聞は大量の起訴処分を報道する記事の中で尼崎反戦所属、神戸外大生として債権者の氏名を掲げ、これに関して、一部の新聞は東京地検の談話として「調べの結果、他の大多数の者は警官隊に追われ線路上に逃げ込んだとわかった。起訴の二人は、新幹線線路と知って侵入し、線路上で機動隊にツルハシの柄でなぐりかかるなど激しく抵抗した」から同法違反で起訴された旨報じた。

債権者は上京に際し、債務者会社担当者に翌日から四月末日までの有給休暇を届出、また、不測の事態の生じた場合を慮って親しい友人二、三(後述の生田、小林ら)に、もし会社の休暇あけの五月六日出勤しなかったら、有給休暇があと一〇日程残っているので休暇届をしてくれるよう依頼した。

債権者は、勾留と同時に弁護人以外の者との接見禁止処分を受け、外部との連絡の途を絶たれた。債権者自身も黙秘権の貫徹を決意していたので、会社への連絡は弁護人との接見の機会を待って、五月一一日ようやく同警察署へ接見に来た弁護人岡邦俊にこれを依頼した。同弁護人は、債権者の依頼により同日付で欠勤届を作成し、若干の事情説明書を添えて同月一五日債務者会社に宛て、右欠勤届を速達郵便に付し、これは翌一五日債務者会社に到着した。

他方債務者会社は、同年五月一日から五日までは振り替え操業によって連休であったが、六日以降引き続き債務者が欠勤するのでその所在を調査していたところ、同月一三日浅草警察署から「従業員らしい人物が勾留されている」旨の連絡を受け、翌一四日通信機製作所深野総務課長ほか一名が上京して、債権者が前述の事件で勾留中であることを確認した。これよりさき同月七日午前中、債権者の友人である生田正一から試作係勤怠担当者に電話があり、担当者不在のため応待に出た試作係藪田某に対し、「前田君からことづかっているが、やむを得ない事情で出勤できないので、とりあえず二〇日頃まで有給休暇にしてもらいたい。同人は旅行しているらしいが詳しいことはわからない」といった連絡があり、翌八日午前九時頃同製作所電波設計課の小林一から試作係長大櫃に「債権者の所在はわからないが、もし出勤できなかった場合は休暇届をしてくれと頼まれているので休暇扱いにしてやって欲しい」旨の電話連絡があったが、同係長は本人の所在や理由が明らかでない休暇届は受理できないとして拒絶し、結局会社は無届欠勤として処理していた。

債務者会社同製作所加藤総務部長、深野課長は、同月一七日、二〇日の二回にわたり、浅草警察署において債権者と接見し、その行為について反省を促し、自主退職を強く勧告したが、債権者は自己が逮捕勾留されているのは不当な国家権力の発動の結果に過ぎず、自己に反省すべき理由はないと強調して、退職勧告を拒絶した。

五月二〇日債権者が起訴され、新聞に報道されるに及んで、債務者会社は前述のとおり懲戒処分を決定し、内容証明郵便をもって債権者に通告した。

(四)  債権者は、第一回公判期日さえ開かれないまま、同年一二月八日漸く保釈を認められ、同月一五日債務者会社に出向いて試作係長に出勤届を提出したが、これを拒絶され、その後引き続き会社に赴いて就労を申し出ている。

(五)  債権者は、○○県○○郡の貧農に生まれ、中学校卒業後集団就職により債務者会社に入社し、その賃金で自活して来たもので、本件解雇処分当時、債務者会社における勤続年数七年で、その月額(名目)賃金は諸手当を含めて金三四、四一一円であった(申請代理人ら主張の右金額を超える部分については、これを認めるに足る疎明がない)。債権者は、従前債務者会社従業員寮である誠心寮に居住していたが、本件解雇処分と同時に債務者会社によって債権者に無断で右寮所持品等を親元に送付する等の退寮扱いを受けたため、現在尼崎市塚口町に敷金七万円、賃料月額約八、〇〇〇円のアパートを借りて独身生活を送っている。保釈後の生活費は、債権者本人の若干の貯金でまかなって来たが、現在それも底をついており、他に生活のたすけとなるこれという手段を持たない。

三、当裁判所の判断

(一)  懲戒解雇事由についての債務者会社の主張

債務者会社代理人らは、本件懲戒解雇理由について大要つぎのように主張する。

①  債権者は、昭和四四年四月二八日「沖繩デー」の東京における反日共系学生その他の集団暴力行動に参加し、国鉄新橋駅付近で他の多数学生らと共に新幹線線路上に乱入し、長時間にわたって同線路上を占拠し、新幹線等の列車の運行を不能に陥し入れ、これを制止排除に来た警視庁機動隊に対し投石するなどの激しい抵抗をし、その結果さきに判示の罪名で逮捕、起訴された(これは債務者会社において客観的資料に基づいて確認した事実である)。その行為は一般大衆に多大の迷惑を及ぼし、社会秩序を乱したばかりでなく、債務者会社の主要な取引先である国鉄、警察庁等に多大の損害を及ぼし、会社の対外的名誉、体面、信用等を著しく害する結果になった(債権者が起訴されたことは、今後刑事裁判の進行に伴って、対外的信用は一層傷つけられることが予想される)。また、債権者の行為は、企業施設外において、業務とは関係なく行われた行為であるとはいえ、債務者会社の操業秩序と無関係では決してない。すなわち、同日債務者会社東京本社では、債権者らの違法行動による危険を回避するため、従業員らの終業時刻を大巾に繰り上げざるを得なかったのである。また債権者は、浅草警察署に勾留中接見した債務者会社加藤総務部長らに対し、前記暴力行為について反省するどころかこれを是認し、今後ますます会社内外の同志をつのり、同様の活動を展開する旨表明した。このような従業員を、今後も従業員集団内部にとどまらすにおいては、他の従業員に著しい悪影響をおよぼし、従業員相互間の連帯感を失わしめ、引いて債務者会社の経営秩序(正常な業務の運営)を著しく阻害するおそれがまさに現実かつ急迫的であると判断された。従って、債権者の右暴力行為をなし、起訴された事実は、就業規則八七条八号、一一号、一二号、一六号にそれぞれ該当する。

②  また、債権者は、同年五月六日以降無届欠勤を続け、その日数引き続き七日以上に及ぶものであるから、同条一四号に該当する。

③  債権者の所為は重大で、情状酌量の余地はない。

(二)  本件懲戒解雇の有効性(解雇事由の存否)について

債務者会社の就業規則の関係条項についてはさきに判示したところであるが、疎明資料によって同規則八七条に掲げられた一号から一六号までの懲戒解雇事由をみるに、その規定の仕方は必ずしも明確ではなく、また論理的に配列されたものではない。従って、こうした規定の解釈適用は、一般に就業規則の持つ性格(債権者代理人ら主張のとおり、それは協力作業に伴う一定の作業秩序の維持と多数労働者の労働条件を統一的、画一的に取り扱うための準則である。)会社の就業規則制定権の範囲ないし限界(それは従業員各個の信条、思想、良心といった人格的世界に立ち入ることは許さない。)、会社の企業の種類、規模、従業員の職務上の地位、規定相互の関係その他諸般の事情を考慮して客観的、合理的になされなければならない。

このような観点から債務者会社が本件解雇事由に該るとした就業規則八七条の各号について以下考察するが、先ず一般的につぎのことに注意しなければならない。すなわち、右八七条は、単に懲戒処分としての解雇事由であるのみならず、遣責、出勤停止にとどまる事由でもあること、従って、形式的に八七条の各号に該当する場合でも「処分としての解雇」に相当する程度のものであるかどうかの判断を必要とすることである。

(1)  八号(風紀を乱し、または秩序を破ったとき)について

右規定は、八七条各号の中でも最も抽象的一般的規定であるが、前述した就業規則の性格、他の各号の規定に鑑みて、ここにいう風紀または秩序は作業上のそれを意味し、従って、それは先ず会社内部における行為または業務上の行為について規定するものと言わなければならない。尤も、従業員が企業の外において、しかも業務と関係なく行った行為であっても、それが直ちに企業秩序を破ることになり、作業風紀を乱すと認められる極めて特殊な場合は格別(そういう場合は殆んどないであろう。)、そうでない場合は業務関係を全く離れて行われた本件のような行為に本号を適用すべき余地はないと解すべきである。

ところで、そもそも本件において、債権者について明らかなことは、すでに判示したとおり、同人が昭和四四年四月二八日の沖繩返還要求闘争の集会あるいはデモに参加するため上京したこと、同日午後六時三〇分ごろ判示罪名で現行犯逮捕され、身柄拘束のまま同年五月二〇日東京地方裁判所に起訴されたという事実のみである。債権者本人審尋の結果およびその作成にかかる報告書(疎甲五、六号証)によれば、債権者は、地理不案内の東京で、新橋駅で学生らの行動に共感を感じながら傍観していたところ、突如襲いかかって来た機動隊に追われ、多数の学生らと共に、新幹線線路などとは知らず線路上を逃げまどううち、学生らと同じ服装をし、その中に潜入していた特務と呼ばれる警察官に無抵抗のまま逮捕されたものである旨弁明して、逮捕および起訴された犯罪事実を全面的に否認しているところ、全疎明資料によるも債務者会社代理人主張の行為事実を認定するに足らない(予め、友人らに休暇願の取りはからいを依頼していた事実をもってしても、債権者が当初から暴力的行為を企図していた証左にはならない。けだし、デモ隊が機動隊と衝突して混乱状態を生じた場合、その場に居合わせる者が負傷したり、あるいは逮捕の対象者とされる場合があることは、必ずしも稀有ではなく、債権者がそういう事態に備えたとしても異とするに足らないからである)。

右債権者が沖繩デーのデモ等に参加したこと自体はもとより、逮捕、勾留、起訴されたという事実をもってしても、いまだ債務者会社の業務(職場)秩序または風紀が乱されたというに由ない。すなわち、沖繩デー当日債務者東京本社においてその終業時刻を大巾に繰りあげたことは認められるとしても、それは都内各所で展開された学生らの集団的暴力行為あるいは学生らと機動隊との衝突によって惹起される交通機関の運行麻痺や、治安上の危険の発生の反射的結果に外ならず、債権者の行為の有無は直接何ら関係がない。また、債務者会社代理人らは、債権者は自己の政治的信念を実践するためには、暴力的、非合法的活動を辞さず、ますます会社内外の同志と反体制活動を展開すると明言した旨主張するが、同人が、国家権力の非人間的発動に抵抗し、あらゆる戦争勢力に反対する運動をより意識的に展開する旨強調したであろうことは、前掲疎甲五、六号証に徴して容易に推認しうるが(そして、これは一市民としての一個の見解であり、その信条を実践するための運動をかりに会社内において展開したとしても、それが会社の業務遂行上支障を生ぜしめないような時間、場所、方法においてなされる限り、就業規則違反の問題を生じる余地はない)、すすんで非合法的実力行動を会社内外に展開するとまで明言したとは、にわかに認めがたい。従って、これを前提とする会社秩序の破壊(業務運営の支障等)のおそれが明白かつ現在的である旨の主張も、主観的判断の域を出ないものであって採用しがたい。

以上のとおり、本号を適用する理由は見当らない。

(2)  一一号(不当に他人の自由を拘束し、または名誉を毀損したとき)および一二号(他人に暴行または脅迫を加えたとき)について

右一一号、一二号も八号と同様職場内における他の従業員に対する行為を対象として規定したものと解するのが相当である。けだし、右に列挙されている事由は、それ自体いずれも刑罰にふれる行為であるが、特にこうした事由が懲戒解雇事由とされる理由を考えてみると、それらはいずれも企業内の円満な人間関係を破壊する行為であって、こういう所為の悪質な従業員を職場内にとどまらせることは、作業関係の円滑な遂行を阻害する結果を招来するからと思われる。

従って、債権者の所為を右一一号、一二号に該るとするのは、仮に前示起訴された犯罪事実が認定できる場合であっても、その解釈、適用を誤ったものといわなければならない。

(3)  一六号(刑罰にふれる行為があって、社員としての体面を著しく汚したとき)について

本号は「社員としての」体面を汚したときを対象としているから、それは会社の他の従業員に対する外部の評価、引いて会社自体の対外的名誉ないし信用を保護する趣旨に出ている規定である。従って、この場合の「刑罰にふれる行為があって」は、会社の内外を問わず、また職務との関係の有無を問わない趣旨に解される。また、刑罰にふれる行為があったか否かの認定は、必ずしも刑事裁判において有罪が確定したことを要するものでもなく、事案によっては捜査機関による捜査が開始されたか否かさえ問う必要もない場合もあるであろう。しかし、その認定は、いやしくも懲戒解雇という従業員の生活権をおびやかす処分の基礎となるものであるから、行為が客観的かつ明白な場合(例えば衆目の見ている前で行われた傷害事件の如き)に限らなければならない。すなわち、有罪裁判の確定によらず、本号を適用する場合は、通常人をして充分納得せしめるに足る証拠資料を必要とするというべきである。

本件において、債権者が起訴されたという事実は、いまだ右要件を充たさず(起訴者数百名に上るような集団犯罪を、例えば、単独殺人罪における起訴と同律に論ずることはできない。)、債権者についてこれを明白かつ客観的に認定しうる資料の存在は疎明されない(新聞に報道された、さきに認定の検察庁の談話の如きは、いまだ右資料とはなりえない)。

本号を解釈するに当って、後段の「社員としての体面を著しく汚した」と重視し、前段をゆるやかに解釈する見解もありうるであろうが、仮りにそのように解釈するとしても、本件がこれに当るとは、にわかに認め難い。けだし、債権者が起訴されたからといって、債権者は、従業員総数五四、〇〇〇名を擁する大会社たる債務者会社の一平工員に過ぎず、また事案の性質に鑑みても、債務者会社の従業員としての体面を「著しく」汚し、引いて会社の名誉、大口取引先等に対する信用関係を害したとは考えられないからである(ちなみに、債権者が起訴されたことは各新聞紙上に報道されはしたが、さきに判示したとおり、その身分については神戸外大の学生として報道され、債務者会社の従業員として報道されてはいない)。

(4)  一四号(正当な理由なしに、無届欠勤引き続き七日以上に及んだとき)について

疎明資料によれば、債務者会社の就業規則にはつぎの各規定がある。

第四三条 私事のため欠勤する場合にはあらかじめ事故欠勤願を提出し、上長の承認を受けなければならない。

第四四条 突発の事由その他やむを得ない事由によって前二条の手続をあらかじめとることができない場合は、とりあえず電話その他の手段をもって、できるだけ早く上長にその旨を連絡して了解を求め、同時に欠勤のため業務になるべく支障を来たさないように処置し、その後できるだけすみやかに所定の手続をしなければならない。

第五四条 (有給)休暇をとる場合は、あらかじめ所定の願書を提出しなければならない。

ところで、債権者は五月六日以降については右四三条、五四条に定める事前の手続を執っておらず、あらかじめ債権者から依頼を受けた生田あるいは小林が、五月七日および八日それぞれ試作係に電話したこと、前述のとおりである。疎明資料によれば、右電話連絡においては生田、小林とも債権者の所在あるいは連絡先、欠勤の事由、出勤可能の見込み等については何ら明らかになしえなかったことが認められるから、仮りに債務者会社に欠勤当日または事後的に代理人による口頭の休暇願が承認される慣行ないし取扱先例があったとしても、債務者会社が右のような願出を有効な休暇願あるいは欠勤届として受理承認しなかったのには一応理由がある。しかし、本件債務者の無届欠勤は、債権者の予測せざる逮捕およびこれに続く勾留と接見禁止処分によるものであるから、就業規則四四条の規定する緊急事由に当り、また、右逮捕勾留の基礎となった違法行為が客観的に明らかでない本件においては緊急事態が債権者の責に帰すべき事由に起因するとも言えず、従って「正当な理由がない」とも断定できない。そして、債権者は五月一一日接見に来た弁護人岡邦俊に対して欠勤届の提出を依頼しているのであるから、その届出が弁護人の手許で四日間程停滞し、欠勤が始まってから一一日目の四月一六日になって到達したとしても、一応は同規則の要件を満たす手続を執ったものといえる。債権者の代理人たる右弁護人は、一応債務者会社宛電話連絡をする等の措置を講じるべきではあったろうが、債権者としては、信義則上要求される程度の義務を尽しているものと認められ、債権者またはその代理人の届出に多少の落度が認められるとしても、それは、比較的軽微であって、債権者には従来無届欠勤等の前歴がなく却ってその就業態度は債権者本人が無遅刻、無欠勤を自負する程のものであったことに鑑みれば、懲戒解雇の事由となる程度には至らないものと言わなければならない。

以上を要するに、本件懲戒解雇を正当ならしめる事由についての疎明はなく、債務者会社の解雇処分は、就業規則八七条各号の解釈適用を誤まり無効なものであるとの疑いが強い。

(三)  仮処分の必要性について

債権者は、判示のとおり債務者会社から受ける賃金でその生活を保持してきたもので、他にみるべき資産を有せず、現在生活に困窮するに至っていると認められるところ、債権者が本件懲戒解雇処分当時債務者会社から支給されていた賃金は月額三一、〇四四円で、これは現今の経済事情の下で都市における生活を保持するに必要な金額と認める。しかし、債権者は昭和四四年一二月保釈されて以来今日まで若干のたくわえによって一応その生計を維持して来ているのであるから、債権者の申請のうち、昭和四四年五月分の未払賃金および同年六月分以降これまでの賃金支払を求める部分については、具体的な権利の存否について判断するまでもなく、仮処分の必要性が認められないところ、保証金をもって右必要性の疎明に代えることを相当とする事情も認められない。従って、債権者が従前と同様従業員として取り扱われ、本決定送達後、債権者が就労を申し出た日から前記賃金が、債務者会社の賃金支払に関する諸規定に従って、計算され、支払われるなら、債権者の生活は一応保障されるものと思料されるから、右の限度で本件申請は理由がある。

四、むすび

主文一、二項の限度で本件申請は理由があるから無保証でこれを認容し、その余の申請部分は理由がないからこれを棄却し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山田義康 裁判官 八丹義人 裁判官 香山高秀)

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